先日、朝の開店前の並びで目撃した光景がある。
遅れて列に入り込んだ軍団長らしき若者が、店員に注意されたことに腹を立て、しつこく食い下がり暴言を吐いていた。
「こっちは客やぞ」「最底辺のパチ屋の店員が」「前はOKだっただろ」など、延々と。見ていて情けなくなった。
パチンコ店は本来、遊技を楽しむ場であって稼ぎに行く場ではない。しかし、私は20年以上に亘って年間プラス収支を維持している。知識と努力を積み重ねた結果だが、年々「謙虚であるべき」という気持ちを強くしている。
なぜかというと、パチンコ店あってのプロだと、現在の厳しいパチンコ業界の中でより実感しているからだ。そして、冒頭のような人間の姿を見るたびに、勝ち続けている人間こそ、もっと謙虚であるべきだと強く思う。
「横柄なプロ」は増えている
冒頭で紹介した軍団長のような例が典型だ。遅刻して列に割り込んだ上に注意されると、「こっちは客だぞ」と暴言。自分が勝たせてもらっている立場だという自覚が全くない。
他にも、店員に偉そうな態度をとったり、徒党を組んで目立つ行為をしたり、大声で一般客をバカにするような発言をする人間がいる。そういう連中を見ると、「お前ら、誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ」と言いたくなる。
私の場合は、積極的に店員とコミュニケーションをとったりはしないが、店員には敬語で対応、地味な服装や行動で目立たないように心掛ける、自分のゴミは自分で片付けるなど、当然の最低限の配慮をしている。
これは「良い客アピール」ではない。勝たせてもらっている立場として当然の行いだ。
勝ち続けることへの価値観の変化
調子に乗っていた4号機時代
私は4号機時代、あまりにも勝ちすぎて調子に乗っていた。店に対するリスペクトもなく、地味な格好をしようとか、目立たないようにしようという配慮は一切なかった。
そんなある日、全く知らない人間から「サクラだろ」と声をかけられた。最初は無視していたが、そういう声かけが何度も続くようになり、ついには因縁をつけられて喧嘩になったこともある。
これをきっかけに、私の意識は変わっていった。
勝ち続けることへの「後ろめたさ」
それまでの自分を振り返ってみた。
パチンコ・パチスロを楽しむのではなく、勝ちを重視する。その結果、継続的にプラス収支を出す。この行為自体が恥ずかしいことなのではないか、と感じるようになった。
周囲の客は娯楽として負けている。その中で、自分は継続的に勝ち続けて金を抜いている。この違和感、そして後ろめたさ、ホールに対する申し訳なさが謙虚さにつながっていった。
正攻法でも消えない違和感
私の立ち回りスタイルは4号機時代から一貫してソロでの高設定狙いのみだ。
軍団として行動したことはなく、ハイエナ行為もしない。設定推測という正攻法で戦うため、最初の期待値という点では一般人と全く同じだ。
- 高設定狙い: スタート時点は期待値ゼロかマイナス。設定推測の技術で台を選別し、高設定と判断したら続行、低設定なら撤退。店側の「高設定を入れる」という意図の範囲内。
- ハイエナ行為: スタート時点から期待値プラスの台のみ狙う。他人の投資を横取り。店側の想定を逸脱。
例えるなら、ソロでの高設定狙いは「一本釣り」だ。知識や技術を活かし、決められたルールの中で獲物を獲る。
対して、軍団行動やハイエナ行為は「違法な漁法」に近しい。彼らは自らの利益のためだけに、他の漁師(一般客)の漁場を荒らし、資源を必要以上に奪っている。
しかし、正攻法で戦っているにもかかわらず、情けなさや恥ずかしさは感じる。もし私がハイエナ行為や軍団行動をしていたとしたら、この後ろめたさは何倍にもなっていただろう。
本当に偉いのは誰か?主従関係の明確化
勝ちを許す「ホール」が主人である
どれだけデータを分析しても、設定推測・判別技術を磨いても、期待値を追求しても、結局のところ生殺与奪の権利はホールにある。ホールが営業を続けなければ稼げない。ホールが出入り禁止にすれば終わりだ。
つまり、偉いのは勝っている自分ではなく、勝ちを許してくれているホールなのだ。
もちろん、勝つこと自体は悪ではない。知識・努力なしでは勝てない時代だし、負けて得られるものはないと思っている。しかし、知識・努力を積んで勝ったからといって偉いわけではない。どのような立場であれ、勝ちを許してくれているホールに感謝すべきなのだ。
この主従関係を履き違えている人間が多すぎる。冒頭で紹介したような連中は、自分が勝たせてもらっている立場だという自覚が全くない。
パチンコ業界の厳しい現実と危機
海外カジノは「招かれざる客」を排除する
海外のカジノ、特にラスベガスでは「招かれざる客」への対応は容赦ない。
カードカウンティングのような技術を使って勝ち続ければ即座に出禁。カジノ側は私企業として、「誰にサービスを提供するか選ぶ権利」を持っている。店側に不利益をもたらす客を排除するのは当然の権利なのだ。
翻って、日本のパチンコ店はどうだろうか。
軍団で組織的に立ち回る、ハイエナで期待値プラスの台だけを狙い撃つ、店員に横柄な態度をとる。こういった行為をしても海外カジノほど厳格には排除されない。むしろ、寛容に受け入れている店もある。
ホールの寛容さは限界を迎えている
ただし、最近は状況が変わりつつある。
全国的に「軍団行為禁止」「ハイエナ禁止」といった禁止事項を明記した紙を店内に貼り出すホールが増えている。これは、ホールの台所事情がそれだけ厳しくなっているということだ。
かつては勝ち組客が数人いても、他の負け客で十分カバーできた。しかし今は違う。
客数の減少、規制強化、店舗数の激減。業界全体が危機的状況にある中で、組織的な稼ぎ行為や一般人が嫌悪感を抱くような立ち回りは看過できなくなってきた。
田舎ホール特有の「規制できない」事情
都市部では厳格に対応されるようになったが、田舎では比較的緩い。
理由は明確だ。あまりに厳格な対応は地域社会の人間関係を壊す。また、そもそも遊技客自体が少ないため、厳しく排除すれば店が成り立たなくなる。
つまり、田舎のホールは「本当は規制したいが、できない」状態で耐えているのだ。
その点、都会でハイエナ行為をしたり軍団を組んで荒稼ぎする連中は、ある意味では(ホールと)対等な関係なのかもしれない。
しかし田舎で勝たせてもらっている立場は違う。本当は規制したいができない。そんな状況を「甘え」として利用しているようなものだ。
私自身20年以上も数件のお店で勝ち続けているので、たとえ高設定狙いのみとはいえホールにとっては厄介な客の一人だろう。出禁にされても文句は言えない。
だからこそ、より一層の配慮と謙虚さが必要だと思う。
ホール側に問題があっても謙虚であるべき理由
ただし、誤解のないように言っておく。私は「ホールは常に正しい」と主張しているわけではない。
SNSなどを見ていると、ホール関係者の中にも客を見下すような態度、不誠実な営業など、首を傾げたくなるような人間が確かに存在する。
だからといって、それが客側が横柄でいい理由にはならない。相手が立派かどうかは関係ない。自分がどうあるべきか、それだけの問題だ。
私がホールに対して謙虚であろうとするのは、店側が立派だからではない。勝たせてもらっている立場として、それが当然だと思っているからだ。相手の態度を自分の態度の言い訳にするのは子供のすることだ。
まとめ
どれだけ知識・努力を積んでも、偉いのは自分ではなく、勝ちを許してくれているホールだ。この主従関係を履き違え、店員に偉そうな態度をとる人間が多すぎる。
日本のパチンコ店は寛容だが、それも限界に近づいている。特に田舎のホールは、「本当は規制したいが、できない」状態で耐えている。
専業・兼業問わず、継続的にパチンコ店で勝たせてもらっている人間は、もう少しホールに対して謙虚になるべきだし、目立たないようにすべきだ。それが、自分たちの稼ぎ場を守ることにもつながる。

