前回、ジャグラーの完全確率について書いた。その中で、「大量の実践データを集めて完全確率を否定した」という検証の多くは、ある落とし穴に落ちている、と触れた。今回はその落とし穴の話をもう少し詳しく書いてみたい。
話は非常にシンプルだ。設定の違う台を混ぜて集めたデータも、逆に条件を揃えようとして選別したデータも、何台積んでもジャグラーの確率を正しく語れない。むしろ、混ぜても選んでも、集め方そのものが実際には存在しない「偏り」を生んでしまう。
そして、その偏りを「メーカーが操作している」あるいは「実践値は公表値と食い違う」と読み違える人が、後を絶たない。
データでパチスロを語るというのは意外と難しいという話だ。
よくある『完全確率は嘘』検証の風景
ジャグラーの完全確率を疑う人は、よくこういう検証をする。
ホールのデータや収集サイトから、何千台、何万ゲーム分のデータを集める。そして「ボーナスを引いた後、次のボーナスまで何ゲームかかったか」を集計し、ハマりゲーム数ごとに区切って、当たる割合を見る。
すると、こういう結果が出る。「100ゲーム以内に当たる割合は高いが、ゲーム数が深くなるほど、当たる割合がどんどん下がっていく」。
これを見た人は言う。「ほら見ろ、ハマればハマるほど当たりにくくなっている。毎ゲーム同じ確率なら、こんな風に下がるはずがない。完全確率は嘘だ」と。
台数が何千台もあると説得力があるように見えるし、偏った数字も並んでいる。だが、この検証は根本から間違っている。そして間違っている理由が、そのまま「混ざったデータの罠」の正体だ。
なぜ異なる設定を混ぜたデータは歪むのか
問題は、集めたデータに設定の違う台が全部混ざっていることだ。
ジャグラーには設定確定演出がない。だから収集したデータの中には、設定1の台も、設定6の台も、その間の台も区別されないまま全部入っている。
ここで何が起きるか。
当たりやすい高設定の台は、早いゲーム数でどんどん当たる。だから「まだ当たっていない台」の集団から早々に抜けていく。一方、当たりにくい低設定の台は、なかなか当たらない。だから深いハマりの領域までずっと居残る。
つまり、ゲーム数が深くなればなるほど、「まだ当たっていない台」として残っている集団は、低設定の割合が高くなっていく。高設定はもう当たって抜けたあとだからだ。
その結果、深いゲーム数で集計すると、残っているのは当たりにくい台ばかり。だから「ハマるほど当たりにくくなる」というデータが出る。
だが、これは台が確率を変えているのではない。当たりやすい台が先に抜けて、当たりにくい台が残っただけだ。一台一台の確率は最初から最後まで何も変わっていない。

数字で確かめてみる
言葉だけだとピンと来ないので、簡単な数字で確かめる。
仮に、合算1/114の台(設定6)と、合算1/164の台(設定1)が、半々で混ざっているとする。前節のとおり、深いゲーム数まで残るのは当たりにくい設定1ばかりだ。
だから浅い区間で「次の100ゲームで当たる割合」を計算すると、1/114と1/164が混ざって高めの数字が出る。一方、深い区間ではほぼ1/164だけが残っているので低い数字が出る。
浅い区間は当たりやすく、深い区間は当たりにくい。グラフにすれば、きれいな「右肩下がり」になる。
しかも実際の収集データは、こんな二択ではない。設定1から6まで確率の違う台が全部混ざっている。混ざる確率の幅が広いほど、この脱落の効果は強く出る。つまり現実のデータでは、ここで説明したよりもっとはっきりした右肩下がりが現れる。
これは「混ぜたから」出た右肩下がりであって、どの台も確率は一定だ。台数を増やしても消えない。むしろサンプルが増えるほど、この右肩下がりは安定して、くっきりと浮き出てしまう。
「これほどきれいにデータが出るとは」と感心している人がいたら、それは操作の証拠を見ているのではなく、自分が混ぜた結果を見ているだけだ。
この右肩下がりは完全確率を否定しない
この右肩下がりこそ、完全確率を否定する「証拠」として持ち出される定番だ。いかにも「ハマるほど当たりにくくなる傾向」がデータで裏づけられたように見えるし、数字とグラフが揃っているぶん、反論もしづらい。
だが、その右肩下がりは操作の証拠ではない。ジャグラーが純粋な完全確率だったとしても、設定を混ぜて集計すれば、まったく同じ右肩下がりが出るからだ。

これはパチスロに限った話ではない。
たとえば塾のデータで「勉強時間が長い生徒ほど成績が悪い」という結果が出ることがある。元々できる子はサッと終えて抜け、苦手な子ほど長時間居残るからで、勉強が成績を下げたわけではない。学力の違う子を混ぜれば、それだけでこういう数字が出る。ジャグラーの右肩下がりも、これと同じ理屈だ。
つまりこのデータは、完全確率を否定する証拠にも肯定する証拠にもならない。何も語っていない。語っていないものを「証拠だ」と読んでしまうのが、この罠の怖さだ。
もう一つの罠:都合のいい台だけ集める
「設定が混ざるのが問題なら、設定6だけ選んで集めればいいだろう」
そう考える人は多い。たとえばデータサイトを見て、8000G以上回っていて、BIGもREGも設定6の確率を上回っている台だけを「みなし設定6」として集める。一見、丁寧で正確なやり方に見える。
だが、これも罠だ。しかも丁寧にやっているつもりなぶん、たちが悪い。
考えてみてほしい。設定6だって、たまには冴えない日がある。8000G回しても合算が設定3や設定4くらいの数字で終わる日は普通にある。
前回の私のゴージャグがまさにそうで、最終的には設定6相当の数字には届かなかった。仮にあれが本物の高設定だったとしても、「BIG・REG両方が設定6超え」という条件では確実に弾かれる。
設定6が低設定みたいな顔をした日。それも、設定6という母集団の立派な一部だ。 爆発した設定6も、平均的な設定6も、沈んだ設定6も、全部ひっくるめて初めて「設定6の本当の姿」になる。
ところが「設定6を上回った台だけ」を集めると、この沈んだ設定6がまるごと捨てられる。残るのは、良かった設定6と、上振れた低設定だけ。その平均は当然ながら本物の設定6より良い数字になる。
これを見て「実践値が公表値より良い、メーカーは公表値より甘く作っている」と読んだら、完全な勘違いだ。良かった台だけ選んだのだから平均が良くなるのは当たり前。
逆に「設定1相当かそれ以下」を狙って集めれば、跳ねた設定1が外れて沈んだ台ばかり残り、今度は平均が公表値より悪く出る。メーカーが辛く作っている、と読むわけだが、これも勘違い。良く出るのも悪く出るのも、選別の向きが答えを先に決めているだけだ。
これも世間によくある勘違いと同じ構造だ。
「成功した起業家を集めたら、多くが早起きだった。だから早起きが成功の条件だ」という類の話。早起きして失敗した人は誰も取材しないから、そう見えるだけで、本当は早起きして沈んだ無数の人がデータから抜け落ちている。「設定6を上回った台だけ」を集めるのも、これと同じこと。沈んだ台を最初から数えていない。
混ぜれば歪む。選んでも歪む。データを綺麗にしようとする操作そのものがデータを歪めてしまうのだ。
では、何が正しいデータなのか
では、どうすれば正しく検証できるのか。答えはシンプルだ。設定を一つに固定すること。
設定6なら設定6だけ。設定1なら設定1だけ。一つの設定に絞ったデータなら当たりやすい台が先に抜けるという現象は起きない。全部同じ確率の台だからだ。そのデータでハマりゲーム数の分布を見て、初めて「完全確率の予言する形に従っているか」を語れる。
ところが、ここで前回と同じ壁にぶつかる。さきほどの「設定確定演出がない」という事実が、今度は別の形で効いてくる。確実に設定6だけのデータを、打ち手が選り分けて集めることが、原理的にできないのだ。ホールで集めた時点で必ず設定が混ざる。混ざった瞬間に、さっきの罠に落ちる。
唯一まともなのは、設定を本当に確定できる立場の情報だ。設定を入れているホール関係者のデータ、あるいは「全台系」のように設定が確定するイベントで、ホールの傾向と合わせて設定がほぼ読める台のデータ。これなら混ぜてもいないし、結果で足切りもしていない。収集源としては、これが正しい。
だが、ここで最後の、そして最大の壁が立ちはだかる。「サンプル数」だ。
完全確率の検証、つまり「ボーナスの間隔が理論通りの分布に従っているか」を統計的に見るのは、平均値を一つ出すより、桁違いに大量のデータを食う。分布の形を確かめる作業は、それほど精度を要求するのだ。
直感的に言えば、こうだ。たとえば1/1000のような深いハマりが「理論より多いか」を確かめたいなら、その深いハマり自体を何十回も観測しないと話にならない。1/1000の出来事を安定して捉えるには、ざっと10万回単位で回す必要がある。
分布の検証とは、こういう「滅多に起きない裾の部分」まで正確に見ることだから、平均を出すのとは要求される量がまるで違う。
結論だけ言えば、数万ゲーム程度では話にならない。終日打っても8000G、ボーナスにして数十回。これを何台積んでも、せいぜい数百回のボーナスにしかならない。統計的に判定するには、ボーナス回数にして数千回、ゲーム数なら数十万から、繊細な歪みを見抜こうとすれば百万ゲーム規模が要る。
設定を確定した台で、それだけの量を集めるのは、個人にはまず不可能だ(正確な数字は稿を改めて詳しく書く)。

だから、ネットで見かける「数万ゲーム回して完全確率を検証した」という話は、肯定するにも否定するにも、そもそも結論を出せる土俵に立てていない。
設定を確定できるのはホールやメーカーだけだが、彼らがそんな量のデータを集めて公開する理由はない。このあたりの「検証できる者ほど検証したがらない」という構造と、必要なサンプル数の具体的な話は、また別の機会に書きたい。
実践値はどこまで信じていいのか
ここまで読んで、気が滅入った人もいるかもしれない。「じゃあ実践値なんて全部無意味なのか」と。
そうではない。混ざったデータでも、正しく使えば役に立つ。
たとえば、イベント日にその機種の島の台を全部ひっくるめて、平均のボーナス確率や出玉率を出す。これは意味がある。
出た台も沈んだ台も選り好みせず集めるから、その平均は「この店がこのイベントでどれくらいの設定を入れてきたか」を、ある程度は映してくれる。店の傾向を読み、次にここへ来るかどうかを判断する材料になる。
ただし、これも完璧ではない。台ごとに回されたゲーム数が違うからだ。
出ている高設定は人がついて閉店までフル稼働で回り、低設定は早々に見切られて放置される。だから全台の平均は、ゲーム数を多く稼いだ高設定のほうへ引っ張られ、実際の設定構成より少し良く出る。それでも、ざっくりした目安としては使える。
もう一つ、混同してはいけない。同じ「平均を見る」でも、前に述べた「設定6を上回った台だけ」のように結果で足切りした平均は別物で必ず上振れる。混ぜるだけなら平均は使えるが、選り好みした瞬間に壊れる。
罠に落ちるのは、「ハマりゲーム数ごとの当たりやすさ」を見たときだ。これは混合の影響をモロに受ける。「深いハマりの当たりやすさ」を混ざったデータで語ると、必ず「ハマるほど当たらない」という幻が見える。
だから実践値を見るときは、それが「平均値の話」なのか「ハマり方の分布の話」なのかを区別して読む必要がある。前者はある程度信じていい。後者は設定が混ざっている限り、ほぼ何も語っていない。
結局のところ、我々打ち手が確実に手にできるのは、長期平均というぼんやりした輪郭だけだ。その奥にある「ジャグラーは本当に毎ゲーム同じ確率なのか」という問いは、混ざったデータをいくら積んでも、見えてこない。
データは多ければ多いほど真実に近づく、とは限らない。混ざったデータは増やせば増やすほど、それらしい幻をなめらかに見せてくる。数字に殴られそうになったときは、その数字が何を混ぜて作られたものなのかを一度疑ってみるといい。
たいていの「完全確率は嘘だった」は、そこで足が止まる。
中室牧子・津川友介著。「関係があるように見えて、実は別の要因が作った見かけ」を見抜く本。この記事の相関と因果の話のもとになっている。



